昭和五十二年十二月二十二日 朝の御理解


御理解 第三十七節 「生きておる間は修行中じゃ。ちょうど、学者が年をとっても眼鏡 をかけて本を読むようなものであろうぞ。」


 信心が、おかげを受けるというためのものではなくて、お徳を受けていくと、しかもそのお徳は限りなく頂いていくことが喜ばしい、楽しいものである、有り難いものである、いうところを分からしてもらう。信心がそこまで至った時に、安心のおかげが頂かれると思う。そこまで信心が至った時に、神様が安心してくださると思う。神様の喜びが、私どもの喜びに還ってくる。神様の安心は、私どもに安心のおかげを与えてくださる。自分が安心しよう、自分が喜ぼうというのでは、ほんとの喜びじゃないようですね。神様が、もうこの氏子は大丈夫とおぼしめすから、神様が安心してくださるから、その安心が私どもに還ってくるのであり、ね、神様が喜んでいただくような信心とよく言いますが、確かに神様が喜んでくださるような信心をさしてもらえば、喜びは神様が送ってくださるのである。自分が喜ぼう、自分が安心しよう、喜びも安心も許されるものではない。安心も喜びも、許されるものだという風に思います。ね、それにはなら、学者が眼が悪くなった、だからもうこれで本は読むまいじゃなくて、もうそれこそ、なんですかね、虫眼鏡を持ってきてでも、やはり本を読まなければおれない。いうならば学問の道がより広う深く分かる。もうすでに学徳が身に就いていっておる証拠である。信心も同じこと。信心の徳が身についていくと、安心の度合いが、喜びの度合いが、ね、いわゆる修行せずにはおれないということになってくる。もちろん、段々、その修行の内容も高度なものになってくるこたあ、もちろんです。
 そこでです、私どもが様々な難儀を抱えておる、一生懸命神様に向かわなければおられないという時に、しっかり、ほんとにもう自分に、もし安気安穏で暮らせるような一切に、例えば恵まれてでもおったら、もうおそらくこの信心に縁を頂かなかっただろうし、とてもとても朝早うから朝参りでもさしてもらうといったようなことはできなかったに違いはない。そこに初めて御神願有り難うございます、ということになってくるわけ。所謂、難儀様のおかげで、ということになってくるですから、ほんとにお互いが一生懸命お参りでも、修行でもさしてもらわなければおられないような、そこんところが土台になるわけ。そうして段々、例えば吉井の熊谷さんじゃないですけれども、息子の大学試験のおかげを頂きたいために、三年間お参りし続けた。今年もでけなかった、今年もでけなかった。先生方は太鼓判を押して、間違いないと言われるのに、試験運が悪いというのか、もうとにかく三年間続いた。ね。もうほんとに一年間で、もし大学受験がでけておったら、おそらくは私はもうあれで信心はお終いになっとただろうと、今でも言われますように、ね。三年間の朝参りがでけておるうちに、もう朝参りは止められないほどに、有り難いものになってきた。いわゆる信心が身についてきたのです。もう、やがて八十という熊谷さんがね、吉井から三里の道を毎朝お参りになる。もう、今、熊谷さんにお参り止めなさいなんて言ったって、それはむしろ酷なことである。ほどしに信心が身についてきた。もちろん信心の徳ということは、こういうものであろうかと、人間の、いうなら幸せの条件というものが、向こうからやって来る。求めずしても与えていかれる。まあ、そういうようなものが、恐らくは熊谷さんの心の中は、手足の、まあ動く限りは、日参をお許しをいただきたい、お参りさして下さい、いわゆる預からせて下さいという内容であろうと思う。これば一丁、やれやれ安心とこを頂いたら、もうほんとにお参りせんでもよいわてっと。
 善導寺の原さんなんかがやっぱそうだと思う。実際、いつもお話になるように、ほんとにこれば一丁おかげを頂いたらなら、もう参らんでもよかばってんがと思うて、夫婦で一生懸命参って来られた時代がやっぱあったけれども、おかげになり、あれもおかげになるということになってきたら、段々信心が、もうこよない有り難いもの、楽しいものになってきた。それこそ、熊谷さんと同じ。今、信心を止めなさいと言やあ、言うほうが酷だと思う。
 二三日前から、或る教会の先生が、もう教会を畳んで仕舞われた。その兄弟があちらの昌一郎さんの、何か商売の上でのかかわり合いがあって、「あんたんとこ金光様の信心するけん、うちん道具ば貰うてくれんか」と。もう御霊様まで頂いた。しかも(笑)中の御霊様にはそれこそ初代石橋先生の御神霊から、ね、家族の御霊様まで入っとんなさる。普通なら他所の御霊様てんなんてん、それは返してくんのちうことあるばってん、さあ、そこが信心。ほんとに私どもの信心でその御霊様達も、ね、助かっていただくならば、頂こうということになって、小さいお宮を、というても床の間いっぱいのでしたけれども、お社やら小さかったから、末永先生が行ってから、綺麗にそこに納めさせていただいた。昨日も、お届けがあってましたが、あんまり高いもんだけん、その毎朝、花ば水換えよるとには、踏みつぎ持ってこにゃあ(笑)ほて、こんな大きな御神鏡が、で前にギラギラと輝いて、お榊がこう見上げるようにして、それこそ前で心ゆくまで御祈念をしておられるのが、もう想像がでけるような感じがする。神様の格が上がんなさったと言うて喜びござるです。また、事実そうです。ね。ほんとに信心の徳というものは素晴らしいですね。
 ね、なら初めの間は、もうこれば一丁頂いたらもう止めてよかばってんと思うようなところからしてみると、その難儀ということ、お参りさせずにはおかん、苦しいとか難儀というものが、如何に御神願であるかということを分からなにゃいかんです。はあ、神様が、ほんとにやはり、じっとして睡っちゃおられないほどしの難儀の難儀というものを持っておる。また、大きな願いを立てて、この願いばどうでん頂かんならんからと思うてお参りをしよる。そのおかげで、信心ができます。もうほんとに私は、いわゆる泉尾の先生じゃないけれども、御神願有り難うございますということが、まず一番でなからにゃいかん。まあ、あれも成就した、これも成就した、安気安穏の中に、とてもとてもできるこっちゃない。ね、将来、大きな願いを立ててそのおかげを頂きたい、というような、例えば心に神願を持ったり、難儀を持ったりしておるからこそ、この信心辛抱がでけるのである。そこに信心辛抱が辛抱でなくなって、辛抱の徳になって、信心の修行が有り難い。今日のところは、そこのところを教えておられると思うです。
 学者が年をとっても、眼鏡をかけてからでも、やはり、いや、虫眼鏡を持ってでも読もうとする。書こうとする。ね。「ほんにこげん年をとって、眼がこげん悪なってからでん、本ばなんちゅことは、まあなんちゅ術ないことじゃったじゃろか」と。「私の一生は、もうほんとに難儀じゃった」と言やしません。ね、もう最後の最後まで、やはり学徳と身に付けていくことが、楽しゅうして有り難いという、私は、何でもそこまで抜け切らなければだめだと思うんです。信心も、やはりそうです。ただ、これからこれまで、あれば貰わんならんけん、これば頂かなならんから、お伺いをせんならんからという時代から、段々、信心がほんとのことに育っていくということ。そこに身に徳を受けていくという。そしてその過程において、どういう風に心が進展していくか。もう自分にも想像もでけないほどしに、いうならば限りなく美しゅうなっていきよる、限りなく黙って受けることの有り難さ、いわゆる辛抱の徳と言うか、限りなく自分の心が清まっていくと言うか、もうそれをほんとに、あの自分でも気が付かない間に信心が進展しておることに驚くばかりです。いうなら限りなく心が美しゅうなっていきよる。もうこれも、ほんとにもう信心でなからなきゃできることじゃない。
 昨日、善導寺の原さんが、久しぶりで千恵子から手紙が来た。私は、その手紙を読ませていただきながら、昨日の朝の御理解、合楽の人達には、神様がどーでも御神徳を受けてくれよという願いが切実にかけられておるということをです、昨日、聞いていただきましたですよね。もう、どうでも御神徳を受けることの楽しみと喜びとか、もちろんその御神徳を受けよーっといったような意味で、ことで信心始めるものでありません。眼にも見えなければ、そんなに初めから感じられるものじゃないですから。話に聞いて、御神徳と人間の幸せの条件が足ろうてくるというような話を聞いても、ほうと言うて聞くぐらいのことである。自分の身に付いてきて初めて実感として頂けれるのである。ね。
 昨日、山本先生が正奉仕、この御用日誌に書いておる。御神徳を頂きたいと思うて信心するのではない。ね、昨日、一昨日だか、研修の時に、とにかくね、話には聞いておった、おかげの泉は読んでおった、けれどもここへ来てみて、いよいよ、まあいうならぞっこん親先生に惚れ込んでしまっておる自分。だから親先生が言われることは、赤であろうが白であろうが、もうそれを行じなければおられない。その行じなければおられないところから、徳を受けるのではなかろうかという意味のことを書いてます。いうならここで皆さんが、ね、一切は親先生任せ、とこういう〈とき〉の、そこには少し、やはりまだ不純なもの感じられる。親先生任せになっときゃおかげ頂くからというものがね、不純というわけではないけれども、そういうような内容がある。けれどもぞっこん惚れ込んでからというものは、もう右とか左とか問題じゃないのです。親先生が言われる通りに動いておる、そのことが有り難いのです。楽しいのです。
 千恵子さんなんか、やっぱそうだったと思うんです。それでいて自分でも気が付かない間にです、ここまでお育て頂くということが、もう嬉しゅうして、有り難うして、こたえんことになってくる。
 昨日、私、研修の時には、この千恵子さんの手紙を読んで、もう昨日の朝の御理解は、もうその姿勢を作る、また、おかげを受けるということは、もうこのことに尽きるねと言うて、まあ手紙の研修を、昨日はさしてもらいました。
 ほんとにやはり、何て言うのでしょうかね、金光様のお膝元で、本気で神様へ向かっておる姿がよく窺われます。「後一週間で帰れます。この二学期はとても長く感じましたけど、また私にとって、御霊地でしかできない修行を、泣く泣くでなく、本当にさせて頂いたと思います。」もうすでに、もう泣く泣くの辛抱ではなくて、もう有り難いものが身に付いていきよるです、ね。「泣く泣くでなく、本当にさせて頂いたと思います。今朝も、三代様から教祖様の奥城」三代様の奥城という意味でしょうね、「三代様から教祖様の奥城に向かう時、どうすれば神様に気に入られ、どうしたらお役に立てるかと考えながら歩く時に、朝の参拝が辛いどころか、今、ただ一つの本当の楽しみになりました。帰る一週間前の今日から、もっともっと本気にならなければと、二時半から奥城に行って、大祓いを上げていましたら、回を重ねるごとに、私のような者がお役に立つことを願うことすら大それたことだと思う時、私のような者だから親先生のおかげによりその願いに立たせていただくのだと、今頃、気付かせていただきました。そしたら、親先生有り難うございますより、他に言葉が出てきませんでした。この間、信州の上田教会長、須賀院先生の取次者、布教者の心構えについて、三時間の講義がありました。信心の深さを求めつづける間は、万年青年である等々」などなどってね、「など、合楽の教えを聞かされているようで感動のしっぱなしでした。この先生は国鉄のエリートコースを歩まれていたけれど、それを捨ててこの道に入られ、そして修行、本当の親孝行が判らずにはおられない話でした。親孝行、これは早く気付き実行した者が勝ちだと思います。私たち兄弟四人が、本当の親孝行もできないけれど、親が信心するのに、お初穂、お賽銭の苦労だけは、絶対にさせてはならない、それが子供の義務である、責任である。今の私たち兄弟には、これに早く気付いた者が勝ちだと思います。ばあちゃん、私はもうこの道を歩き始めた者、神様から頂くものしか必要ではありません。どうぞ自由に使って下さい。このことを奥城で思わせていただいたら、感動してしかたがありませんでした。神様の喜びだと信じます。親の信心のおかげで、段々、分からせていただくことが、本当に有り難いと思われる毎日です。本当の親孝行は、まだまだですけれど、長生きして下さい。千恵子。」とあります。
 もう、心機一転とか、一変とか申しますけれども、心がこのように進むということは、なんとまあ有り難いことだろうかと。ついこの頃、記念祭の時までは、ね、今度の記念祭には、これこれだけはおかげ頂きたい、と思うておった。ところが「自分が一人で頂いたっちゃ、ばからーっしことある感じがするけん、兄弟でこれこれだけおかげを頂こうじゃないの、親子でこれこれ頂こじゃなかの」ちて、割当してから、もちろん自分が芯になって、ま、お供えをする程度のことであったけれども。もう、まあ、なら幾ら預けてあるか知らんけれども、「おばあちゃん、もうそのことはね、ああたがお賽銭、お初穂に使うならば、もうどうぞ、もう自由にお使い下さい」と言う。もう僅かの間にこれだけの信心が進んだんです。ね、しかももう親孝行せにゃばからしかということに、ほんとに気付いておるです。そして「もうこの道を歩きはじめた私」とこう言っているんですね。ですから、もう神様から頂かれる、与えられるものだけ以外には要りませんと言っている。はあ、もう大変な心の進展だと思うですね。ね。ほんとにお膝元で信心の稽古をしておる、いうならば、いわば値打ちと言うかね、信心を頂いておる者の値打ちというものを、そこにほんとに、はっきり感じます。
 これが、例えば原さんのお徳じゃなくてなんだろうかと、こう思うです。ね。拝むことが楽しい。小さい神様から大きい神様に、格が上がらっしゃったと、こう思う心が、確かに信心の格というものが、それといわば、なら千恵子さんのこういう心の進展と、なら善導寺の方で、神様が一段格が上がりなさったじゃろうかと思われるように、それこそ自分の手の届かんごとある立派な堂々としたお神様を、しかも教会のような、あの御神鏡を前に、この拝ませて頂きながら、ね、もう信心さして頂く者ちゃ、こんなに嬉しくて有り難いことなかろうと思われるような状態がね、原さんの信心、これからのその一つの信心の行く手というものが、何かもういよいよ、もう明るい大きな有り難いものを感じずにはおられないわけです。おそらくは、それこそ眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞい、ね。                                      ま、熊谷さんとか原さんの例を申しましたが、もうこの難儀があるけん参りよると、ということは遠の昔、もちろん通り抜けて、ね、いうなら信心の勉強に、まあ勤しんで、ね。ほりゃまあ私は、ほんといつも思います、直方あたりの共励会なんかに、もうとにかく喜び勇んで行かれますもんね。そりゃもう暇人じゃけんてち言や、まあそれまでですけれどね。もう、それが有り難うして、楽しゅうして、こたえん。もう、信心の徳が身に付かないはずがない。そこには、なら子供達の信心というだけではなくて、なら一家からお道の教師でも生んでもというようなおかげを頂いて、その目指しておる人がです、もう、私はこの道を歩き出した、今まで持っておった、例えば、その、まあお金はです、ほりゃ子供のために、自分の将来のためにと思うて、こうやって思うとった者がです、もうそれは、現在の私には必要でなくなってきた、神様から与えられているそれだけで、それだけですから、おばあちゃん、神様ごとんなら、どうぞ、もう遠慮なし使うて下さい。初めて気付かせて頂いた親孝行、だれでも親孝行は、親不孝しようとは思とらんけれども、もうせにゃ馬鹿らしか。一番初めに気が付いた者が勝ちだと、こう言っておるです。ね、もう不思議な不思議な心がこうやって育っていくということが信心なんですよ。
 だからその、なら一番、その原点になっておるのは何かというと、やはり難儀です、ね。それこそお道の教師でもならんなんという時には、もういうなら主人には死に別れた、一人の子供を何とかしてと、あれやらこれやら商売までも、いろいろしてみた。けれども段々分かっていくときに、これは一番素晴らしいことはどういうことかというと、自分も助かり人も助かるといったような、おかげを頂けれるもの、自分でも頂けるものならというところから道の教師を志した。そしてこのようにして信心が、もういうならば、昨日の御理解で言うと、お徳を頂く姿勢が、もう或る意味において姿勢だけがですよ、完璧にでけたという感じでしょう。これからは、このおかげに、この、なら姿勢におかげは伴うてこないはずがない。自他ともに助かっていく道が開けてこないはずがない。もうこれから先は、信心を頂くということは、そのまま、もう信心そのものが、もうお徳ということに感じられます。
 ね、眼鏡をかけても本を読むようなものであろう。年を取るに従って、いうなら一年一年有り難うなり、とてもとても止めろと言うて止められるもんじゃあないという、なるほど一生涯、修行じゃということは、そういう修行に向上して行かなきゃいけないということなんです、ね。どうぞ。